ソーラープレキサスブロー ボブ ・ フイッシモンズ

ボブ ・ フイッシモンズ
1863-1917
三階級制覇を成し遂げた近代ボクシングのパイオニア
ソーラー・プレキサス・ブローと呼ばれるミゾオチをえぐるように打ち込むボディアッパーの発案者として知られ、全身に広がっていたそばかすから、「ルビー」の愛称で呼ばれていた。
イギリスのコーンウォール州生まれだが、9歳の頃に家族と共にニュージーランドに移住した。
1880年、ジェム・メイス(ベアナックル 元ヘビー級王者の名前)トーナメントと言われる大会で優勝する。
その3年後には、プロボクサーとなり、ミドル級、ライトヘビー級、ヘビー級と3階級を戦場に戦い続けた。
大降りのパンチが主流だった当時のスタイルの中にあって、フイッシモンズは近距離からもジャブを放つ革新的なスタイルを確立していたと言う。
1890年頃から主戦場をアメリカへと移し、ニューオリンズで行われた世界ミドル級王座戦では、相手選手を13度もダウンさせてタイトル奪取に成功する。
その後、防衛戦として数試合を行ったが、警察の介入による無効試合などが続き、2度目の防衛を果たした後は、階級を上げてヘビー級で戦い始めた。
1996年、ジェームス・J・コーベットの持つ、世界ヘビー級王座に挑戦し、14ラウンドにKO勝ちを収め、第3代世界ヘビー級王者となるが、その翌年の防衛戦で敗れ、王座から陥落してしまう。
2年後の1898年には、ニューヨークにて、ジョン・L・サリバンと対戦する予定であったが、ニューヨーク市がボクシング禁止令を発令した事により実現しなかった。
その後、1903年には、世界ライトヘビー級王座に挑戦し、20R判定勝ちで新王者となる。
これにより、ミドル級、ライトヘビー級、ヘビー級の三階級制覇を成し遂げた。
この後、ミドル級出身者による世界ヘビー級王座の獲得は、106年後のロイ・ジョーンズ・ジュニアまで誰も成功しなかった。
公式記録によれば、82戦となっているが、フイッシモンズによると、非公式も合わせて合計で350試合以上は行なっていると言う。
生涯戦績:プロボクシング
82戦 51勝 44KO 8負
5分 18無効試合
フィッシモンズ VS コーベット
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